習い事。自分発でない限り、なかなか辞めることができないのも事実で・・・

水泳の行方

行徳へ通う?

自分としては、新小岩に行ってどうなるのかな?と思っていました。
2歳の頃から始めた水泳。
その経緯はこちら

そうしたら、母が突拍子もないことを言い出したのです。

「新小岩から、行徳のクラブに通う」

「???」です。
小学1年生の頭でもわかります。
意味不明なことが。

今でもそうですが、新小岩から(総武線)行徳(東西線)って乗り換えが悪い。よって、一旦都心方面に行って乗り換え。もしくは千葉方面に行って乗り換え。この二択になるのです。

よって、千葉方面へ行って乗り換えして行徳へ行くことになりました。

最初は母が一緒です。今より危険度は少ない当時とは言え、さすがについて行きます。でも、よく考えると意味がないのです。

週3回なら成立するのですが、もうすでに私は1級。次はようやく選手コース。これは毎日行くことがベース。

単純に「意味がない」

ということで、そこのクラブは辞め、次の手段に。

ちなみに、私はもうこの頃には水泳そのものが生活に組み込まれていますので、どうでも良くなっていました。

そうすると、近所にスイミングスクールがあることを母は知ります。
ここに通うことになりました。

私は心の中で思っていました。
「あまりにも、考えが足りない。調べりゃすぐにわかるのに」と。

地元の水泳クラブへ

一番下のクラスから

そこのクラブに通うことになり、まずは一番下のクラスから。
当たり前です。初めて通うクラブなのですから。

ここでも母が切れます。
前のクラブでは1級だったのに、なんで下からなんだ。
テストしたら、すぐに上の級からスタートじゃないの?

まあ、言っていることもわかりますけど、私としては子供ながらにこう思っていました。

「特別テストなんかするわけないだろ。月1回のテストで飛び級でボンボン上がれば良い」

今思うと冷めた子供です。

ということで1番下の15級から。
結果、前のクラブでの実力発揮で、半年で1級へ。

でも、ここからが問題。

ここは選手クラスはあるものの、小学校中学年から。
よって、5歳とかの低学年が入れないのです。

よく考えると私が異常で、毎日行くようなコースは、子供を預かるクラブとしてはそれくらいの年齢が想定されていたのです。

また、週3回のただ泳ぐだけの生活になります。

もともと、オリンピックの選手にもなりたいとか、親も私も目標なく始まった「水泳」。

しかし、キャリアとしては3年が過ぎ、小学校2年生の頃には、すでに水泳を始めて4年近くが経っていました。
もうこうなると、「なんで泳いでんだろう?」状態。

コーチも私が選手としてそれなりに完成されている。
しかも年齢待ちなので、フォームが崩れないようにとか、体力増強。
つまり、2時間泳ぎっぱなし。それで、筋力アップとか持久力アップ。

もう自分の興味はこちらです。
学校とか友達と遊ぶこと。
勉強をすることや本を読むこと。

まあ、幼き頃からの「水泳」は生活ルーティンなので、特に拒否感はなかったですが。

そんなこんなで、また2年。足踏み状態でクラブに通う週3日の生活になるのです。

では、別の記事でお目にかかりましょう。